ゆとり世代の若い人に昭和の頃の思い出を伝えたい!

音楽 メンタル効果

あなたの心の調律師
みゅーじっくチャネラーひーちゃんです

今年は令和元年、
天皇陛下即位に際して、儀式がいろいろと執り行われました。

わたしは昭和生まれ、
平成、令和と、
元号を3つ経験したわけです。

まだ、大正生まれの方もいらっしゃいますから、
大正生まれの方ですと元号4つ経験していらっしゃるんですよ。

考えてみるとすごいことですね~。

 

『ゆとり世代の若い人に昭和の頃の思い出を伝えたい!』

わたしが育った時代は、
高度経済成長真っ只中、
1,960年代から70年代、昭和30年から40年
映画「三丁目の夕日」の頃。

子どもの頃の思い出は、
遊ぶ道具はあまりないけど、めちゃくちゃ楽しかった!

ちなみに、
女の子なら誰もが知っているリカちゃん人形は出回り始めた頃かな?

足が曲げられて、お洋服もきれいで、
きれいなリカちゃん人形はあこがれのお人形でしたが、
残念ながら買ってもらえず、、、
友だちの持っているリカちゃん人形をうらやましく見てました。

因みに、下のお人形はフランス人形ですよ。

昭和40年代、
明治生まれの祖父と祖母は、
まだまだ元気!
今生きているとすると、100歳以上ですよ。

戦争時代の話しをよく聞かされたものです。
戦時中、中国へ渡り、
その頃は満州とよく言っていました。
当時の満州での生活を聞かされましたよ。

岐阜の田舎ですが、
ちょっとした商店街があって、
今よりは賑わっていました。

戦争帰りで、片方の足をなくした人が歩いていたり、
乞食が家に物乞いに来たり、
一度、その乞食に付いて行ったこともあるという(汗)

実家の周辺には田んぼがあって、
まだ区画整理や護岸工事もなされてない頃、

谷や小川が家のそばを流れ、
夏になると、
そばの谷で水浴びをしました。

 

 

蛍も一杯いて、
街路灯も、それほど明るくないため、
夏の夜空、特に秋の夜空は満天の星で、
それはそれは綺麗でした。

近くの家では、
蚕を飼っていて、
蚕の葉っぱを食べるものすごい音、、、♫
蚕って幼虫の小さいうちは可愛いんだけど、
成長して大きくなると気持ち悪い。
機織り機もありました。

今みたいに、
トイレも水洗ではなく、ぽっとん便所。
くみ取り式なので、畑に撒くために
よく肥汲みをを手伝わされました。

この時の、祖母の常套文句は、
「女の子は、こういう汚いことをすると綺麗になれるから手伝うといいんだよ。」

上手く使われました。。。

そんな畑の野菜を食べるのですから、
お腹の中に蟯虫が湧いたので、
カンユウというものを食べました。
今で言うグミのような甘いお菓子のような蟯虫を殺す薬です。

当時、私たちが出した大便や小便は、
貴重な野菜の肥料だったのです。

まだ道には、
馬を引いて行く人もいて、
時々、馬が道に馬糞を落としていくのですが、
貴重な肥料ですから、
それを拾って自分の畑に撒くのです。

今でこそ、衛生上云々言いますが、
その昔は、落札までされた貴重なものだったのです。

どういう田舎か!と思われることでしょうね。

でも、この頃は都会と田舎とでは、
かなり文化的落差がありました。

その時代から、約50年程しか経っていません。

長い歴史の中で、そんな時代は
ほんの少し前のことなのです。

時代の移り変わりは、
こうも早いものかと驚きを隠せません。

昔の常識を今に持ち出す人がいますが、
今や、昔の常識は今の非常識ともいえますね。

私たちは、常に考え方を改めていく必要があるでしょうね。

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